今日の授業のテーマでした。
「富有人」(=豊かな人)と「贫穷人」(=貧しい人)の中国語の意味についてです。
中国のテキストを見ると、題目(テーマ)は大きく分けて2つに分けられます。
ひとつは経済の話、もうひとつは道徳の話です。
でも、道徳の話には、大体経済の話が絡んできます。
ようは、豊かであるとは何かを考えさせる話が多いです。
今回も、まさにその経済がらみの道徳の話でした。
富有人:金持ち(有銭)
贫穷人:貧乏人(没有銭)
現代での言葉の使い方はおおむこれで正しいみたいです。
でも、元々の意味はそうではないそうです。
富有人:他人に関心を寄せる人、他人に何か与えることができる人
贫穷人:他人に関心をよせない人、他人に何かを与えることができない人
テキストでは、お金のない女の子が、学校の先生に皮鞋(皮靴)の絵を描いてあげたという話。
学校の先生が自分と同じ布鞋(布靴)をはいていたのを見て、先生も貧乏なんだと思い、教師の日に皮靴の絵を書いてあげました。
少女曰く、「私のうちは貧乏なの。先生もそうでしょ?」
先生曰く、「あなたは人にものを与えることができる人なのだから、贫穷人ではないですよ。」
とまぁこんな締めくくりでした。
中国人は、食事に行くと絶対に割り勘にはしません。
「今日は俺が出すから、次はお前が出せよ」、的な感じで、生活の中で恩のやり取りが行われます。
さらに、朋友(=親友)に対しては、見返りなしでご飯をおごり、困っていれば力を貸してくれます。
「富人は人にものを与えることができる人」、他人に分け与えることが美徳とされ評価されてきたからでしょうね。
小さな恩の積み重ねが、中国人同士の強い絆の源泉かも知れません。
現代の日本人は割り勘が普通です。
貸し借りなしで平等だといえば、まぁ確かにそうかもしれませんが、恩のやり取りという点でとらえると、いささか他人行儀で少しさびしい気もします。
早速ながら、私もバーで知り合った中国人に100元(1500円相当)全額おごってもらってしまいました。
経済格差がこれだけあるのに・・・、なんともお恥ずかしい(汗
20090319
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