20090430

武術学校の紹介

中国にきたら絶対にやろうと思っていた太極拳。
ここ昆明は、想定していた以上に武術が盛んでない土地で、武術を教えてくれる人を探すのに1ヶ月半の日数を要しました。
そして見つけた先生は、技術レベルも高く、性格も温厚で丁寧に教えてくれるいい先生でした。
太極拳と八卦掌を教えていただいている温先生です。
中国国内の大会でも多数の賞を獲得していて、今時点での実力は雲南省では間違いなく一番だよ、と学校の武術の先生に教えてもらいました。
本当は、ピースとかしてるごく普通の写真を撮りたかったのだけど、ここは中国人。
写真をブログに掲載したいと申し出たら「いいのがある」と自分の自慢のポーズの画像を送ってくれました(笑)
きれいな彼女もよく来ているので、一緒に写ってる写真を掲載したかったのになぁ。。。。

これが武術学校の外観です。真中に「尚武」と書いてあるのが学校です。
僕が始めてお邪魔した時は、開校わずか5日目でした。
ひょっとして騙されちゃったかなぁと心配になりましたがまったくの杞憂でした。


こちらが武術学校内部の写真です。
新しいだけにピカピカです。ただ、ネズミが出るらしく、「武」の垂れ幕の下に実はネズミにかじられた穴が開いています。
先生は、そのネズミを退治するために猫を飼うと言っているのですが、本当に効果あるのかはなはだ疑問です。。。
中国の猫はほんとにネズミを捕まえてくるのだろうか。。。

20090427

南京大虐殺という亡霊

先のブログを書くにあたって、初めて南京大虐殺というものがどの程度の規模のものだったのか知りたいと思い、ネット検索をしてみた。

すると、完全に意表を突かれた結果が飛び出した。検索結果の上位10数件がすべて「南京大虐殺はなかった」という内容のものだったからだ。

最初は、よくある愛国主義家の暴走で内容もでたらめなものだろうと思い、見るのをよそうかとも思ったのだが、なんとなく気になったので目を通して見る。

すると、彼らの主張の要点は次の2点であり、さらに、学会の中でも非常に大勢力になっているということだった。
・目撃者がだれ一人いない
・あったことを示す証拠資料が一切出てこない

当時の首都、南京には日本人のみならず多数の外国人報道員が駐在しており、本国と連絡を取り合っていた。敗戦後帰国した彼ら駐在員のすべてが「寝耳に水」の状態で、なんのことやらてんでわからないとコメントしている記録が残っているらしい。 中国側の主張する30万人の被害者というのは当時の南京の全人口に匹敵する(超えているとも言われている。。。)人数である。目撃者がいないはずがない。

実に不思議である。

事実は一つ(起きたか起きていないのか)なのだから、誰かが嘘をついているとしか考えられない。

この60年あまり、日本人と中国人に亡霊のように付きまとった「南京大虐殺」が、もしそれがまったく根拠のない「火のない所に起った煙」であり、もしくは「意図的に起こされた火」であるとしたら、それはあまりにもばかばかしい話である。


昨晩は俊さんの家で夕食を一緒に食べた。
その時、映画「南京!南京!」の話題を出してみた。
すると、彼からすごい事を聞いてしまった。
「少し前に、中国国内で配布された映画雑誌の中で、映画に出演した日本人俳優へのインタビュー記事が載ってたんだよ。彼がその中で、『昔、祖父に“人生で一番楽しかった事は何?”と聞いたら“中国で人を殺しまくったことだ”って言っていました』というコメントがあったんだ。」
それを聞いて、そんなバカな話はないだろうと思った。
意図的な誤訳か、それともインタビューそのものがねつ造されたか。

そして、なぜそこまで日本人を「鬼子」にし続けようとするのか、理解に苦しんだ。

20090426

中国建国60周年を迎えて

中国は今年建国60周年を迎えるようです。
そのため、ナショナリズムを高める活動が各地で行われるようです。

ナショナリズムを高めるといえば、やはり日中戦争は避けて通れません。。。

厄介なことに、南京大虐殺記念館の新館がオープンし、映画館には巨大な垂れ幕で南京大虐殺の映画のPRがされています。
タイトルは「南京!南京!」

4人以上の中国人が集まると(留学生と交流のある人を除く)、大体1人は南京大虐殺のことを知っているかと聞かれます。ある程度学のある人は、そういう話は控えたり、養護してくれたりはしているようですが、それでも本音のところはわかりません。彼らは生まれてから今までずっと、日中戦争での悲劇をメディアを通じて見続けているのですから。

戦争映画や戦争もののテレビドラマは、いたるところで頻繁に目にします。
その中では、「日本人=侵略者&殺戮者」、「中国人=善良&犠牲者」という構図で完全に完結されていて、もうどうにもフォローのしようがありません。

さらに、ウェブを見ていたら、今年から中国政府は少数民族による独立運動を阻止するために、教育の中で「民族団結」「非独立」のプログラムをかなり充実させるようです。
中国政府は、教育が国民の意識に与える影響の強さをかなり理解している上に、かなり強硬的にその教育を推し進めます。

公平な目線で戦争を評価したならば、日本は原爆で数十万人の命を失い、文化大革命では毛沢東が中国国民をこれも数十万人単位で殺害したといわれています。(正確な数字は知りませんが)。その後も米露主導で引き起こされた朝鮮の戦争やベトナムで起こった戦争による被害もはかり知れませんが、そうしたことは彼らは知らされているのでしょうか。
戦争終結後、日本が軍隊の保有を禁止し、非核三原則を打ち立てたことや、世界でも有数の巨額の支援を中国に行ってきたこと、何度となく公式な謝罪を繰り返してきたことを知らされているのでしょうか。おそらく、彼らの様子を見ている限り、知らされていない事実だと思います。

戦争を過去のものにして、建設的に未来を創っていこうという国際的な動きの中で、ここ中国では、こと戦争と民意に限った話としては、完全に時間が止まってしまっているような印象を受けます。
これは私が中国で2か月弱滞在して感じた正直な感想です。

ナショナリズムの高まるであろうこの1年、あまりおかしな事件が起こらなければいいなぁと思います。

20090418

映画 「おくりびと」

映画「おくりびと」のDVDを買いました。

期待以上の素晴らしい出来栄えで、とてもよい時間を過ごすことができたと思います。

音楽は久石譲
チェロアンサンブルのバックミュージックがとても自然で、それでいて自分の存在をきっちりと主張しているにもかかわらず、映画の雰囲気と完全に一体化していたのに感動しました。


2008年に、まだ日本にいたころ、小乗仏教の本をたくさん読みました。
それによって、自分の中で死生観(=人生観)が大きく変わりました。

すべての人はやがて死ぬという現実と真正面から対峙したことが、僕の価値観を大きく変えるきっかけになりました。

世の中が正しいと認めたことをすることが、自分を幸せにするわけではない。
自分が正しいと認めたことを、満足いくまですることが、自分を幸せにすると今は思います。


「おくりびと」を見た感想を、二つの側面からコメントしてみます。

●観念が引き起こす差別的感情
本木正弘演じる小林大吾は、友人からも妻からも、「そんな仕事辞めてくれ」と言われます。
見知らぬ人にも「あんな仕事でもして罪を償え」と間接的に侮蔑されます。
「死」=「穢」という、日本に特有の思想と心理的拒絶を、うまく表現していると思います。
しかし、その後、妻も友人も、昔馴染みの銭湯のおばちゃんの死とそれに携わる大吾の姿をきっかけに納棺師という職業を受容することになります。
このことは、どう説明がつくのか。

「こんな仕事」と侮蔑している時、彼らは「死」を観念上の存在としてしか捉えていません。
観念の世界では、死=穢れであり、納棺師=地位の低い仕事なのでしょう。
しかし、銭湯のおばちゃんの納棺を済ませた時、彼らは死と納棺の仕事を観念上ではなく現実の問題として捉えています。
彼らは、そこではじめて、納棺師という仕事を等身大で評価することができたのです。

すこし私の話をします。
私の母方のいとこのお兄ちゃんの子供が、奇形かつ未熟児で生まれました(もうなくなっています)。
私は、母親に言いました。
「その子と一度会ってみたいなぁ」
でも、母親はそれを許しませんでした。
不謹慎な事だと思ってのことだと思います。
彼女の本心はわかりませんが、「おおっぴらにできない話題」だったのではないでしょうか。

でも、私の心情はそうではありませんでした。
母の話を聞いていて、彼の命が長くはないことも、外見が受け入れがたいこともわかりました。
それもわかった上で、だからこそ、今あっておかないと彼には二度と会えないことが、とても残念に思えました。彼と私の違いは、生きる時間が長いか短いか、ただそれだけなのですから。
だからこそ、生きているうちに、「初めまして、ようこそ。短い時間だけど、楽しんでいってね。」と言っておきたかった。

いとこ夫婦も、その子を移動保育器にいれていろんなところへ連れていったそうです。
「せっかく生まれてきたのだから、生きているうちにたくさんのことを経験させてあげたい」
そんな理由だそうで、私の感覚と比較的近いと思っています。

母の「不謹慎である」という感覚は、「死」=「穢れ}と同じで観念的な問題です。
目の前の現実を直視した時、そこにはただ一つの命があり、または遺体があるだけです。そこに穢れや不謹慎といった感覚を感じるのは、理解できなくはないものの、正しい判断ではないと思います。


●儀式が引き起こす心の満足
映画の中では、納棺師は、時間をかけて丁寧に、遺体の納棺準備を進めます。
それは、まさに儀式と呼ぶにふさわしく、手順が決められ作法があり、一つ一つ確実に仕上げていっています。

しかし、ここで考えてほしいことがあります。
最終目的は、衣装を着替えさせて化粧を仕上げ、棺に入れることです。
まどろっこしい手順などせず、個室で身内の同性がちゃっちゃと着替えさせれば済むことです。
それこそ、どうせ燃やしてしまうのだから、そのまま棺にいれてもいいじゃないかとも思う人もいるかもしれません。
それなのになぜ、このように作法に沿って時間をかけて、納棺の準備をするのでしょうか。

このことについて、私は次のように感じました。

「心の満足を引き起こす作法」
洗練された動作を見たことはあるでしょうか。
日本には、書道、茶道、華道をはじめとするさまざまな所作法があります。
そのどれもがそうですが、本当に評価されている所作法は、動作に無駄がなく、美しささえあります。
必要十分な道具を用いて、手順にしたがって動作を進めると、動作をおこなっている側はもちろん、見ている側も、不思議な満足感に包まれます。
気持ちがゆったりと落ち着いて、あわただしかった心が安らかになっていくのを感じることができます。

納棺の作法も、それと同じことではないでしょうか。
洗練された作法に従って、ゆっくりと、それでいて丁寧に作業を進めることで、そこに居合わせた人々は、気づいたらその動作の優雅さに引き込まれ、あわただしかった感情が平静を取り戻していく。
作法が進むにつれて心が整理され、別れに向けた準備が進んでいく。
すべての所作が終了すると、「終わった」満足感がこころを満たし、故人を送り出す心の準備が整う。
そしていよいよお別れとなる。

世界のどの国に行っても、その国にあった儀式があり、それが古代から継続して行われているのは、こうした「心の満足」を引き起こすためではないでしょうか。

私の親も年老いてきました。
遅かれ早かれ、今生の別れをする日が来ます。
その時に、どんな形で心の満足を得て気持ち良くお別れするか、少し考えを温めておきたいと思います。

20090417

家賃返還騒動

いよいよ生活が落ち着いてきたこともあり、寮をでて一人暮らしをしようと思うようになりました。

え?中国で一人暮らしなんて、大変じゃないの?と思う方もいるかも知れませんが、こちらは外国人でもアパートの賃借は比較的簡単。passportさえあればOKです。
それでいて寮よりも家賃が安く(約半額)、部屋も家具つきで2部屋あって広くて綺麗なので、留学生は大体外に住んでいます。


そこで、学校の留学生事務室に行って、未経過分の家賃を返してほしいと言ってきました。
1日50元×300日=15,000元(20万円弱ですね)のうち、まだ経過してない残り250日分ですね。


すると、事務室の先生曰く
「全額の返金には応じられない。ペナルティで1割差し引いた90%なら返金する。」
と言ってきました。

うっ、きた・・・。トラブルの予感。

「なぜペナルティを払わなければならないのですか?」と聞きました。
するとこの先生、すごい剣幕でわーーーっと怒ったようにしゃべりだしました。
どうみても友好的ではない態度。内容がこちらにとっていい話であるはずがない。
へらへらすると足元を見られると思い、こちらもしかめっ面しながら聞いていたわけですが、全く理解できていない・・・笑)わけです。

するといよいよ、「あんたじゃ話にならん。言葉が通じる人連れて出直してこい」みたいなことを言われ鉛筆を机に投げ捨てたので、こちらも売り言葉に買い言葉「じゃぁ中国語の話せる友達連れて出直してやる(怒)」と言って事務室を飛び出してきました。


そんないきさつを経て、何度か登場している日本人の俊兄さんに相談し、彼といっしょに事務室へ再度訪問しました。


向こうの言い分はこうでした。
・本来返金には応じない方針である
・長期滞在だから、特別に返金に応じてあげる(完全に上からの物言いです)
・エージェントがマージンを抜いているため、額面全額の返金には応じられない(学校が損をする)
・それ以外に日本からの送金手数料等もかかっている
だから、そんなこんなで10%(数字に根拠はなくなんとなく適当に決めた:笑)分の返金には応じられない。


俊兄さんは大人です。
「事情はよくわかったけど、10%ではいくらなんでも高すぎるから、もう少し下げてくれ」
とお願いして、とりあえず火を鎮火させてくれました。
学校側も、日本のエージェントに再確認した上でまた連絡するといっていました。


一見するとそれなら仕方ないかな納得してしまいそうな理由が書き連ねてありますね。
ですが、よくよく考えるとやっぱりいろんなことがおかしいわけです。
・返金に応じない学校方針は別にかまわないけど、それなら契約の時点でそれを伝えるべきでしょ。契約書にも入学案内にもどこにも書いてない。
・僕は学校のパンフレットに記載された正式な料金で返金を要求するのは当然でしょ。
・エージェントへマージンを払っているとかは、そちらの事情であって僕の知った事ではありません。エージェントとマージンの額を交渉して勝手に解決してください。
・エージェントは、「私たちは、あくまで”仲介”で、入学・入寮の契約はあなたと学校の間で直接行っていますよ」と申しておりました。(だから、別途高い”仲介料”を払っているのですよ、私は)
・送金手数料は、学校運営に必要な「経費」でしょ。そんなの僕がこれまでに払った家賃の中でやりくりして頂戴よ。

とまぁそんなところでしょうか。


10%のペナルティ(?)に全く根拠がなかったわけではないけど、それは全部学校側の勝手な都合ばかり。
「どれもこれも僕には関係のない話ばかりじゃないか!!」と、俊兄さんに憤慨してしまいました(ほんとスイマセン・・・to俊兄さん)

あぁ、やっぱりここは中国なんだなぁと、久し振りに痛感しました。
とにかく自分だけは損をしたくないというのが見え見えで、誰彼かまわず無差別に請求してくるのが、かなり嫌~な気持ちになりました。


第3戦はいつになるのか。
事務室からの電話がかかってきたらと思うと、安心して眠れません(ということはないです)


俊兄さん、Special Thanksですm(_ _)m (たぶん見てないと思うけど・・・)

20090407

大理旅行に行ってきました!

この週末は3連休だったので、気分転換がてら、大理へ足を延ばしてみました。
昆明からバスで5時間、その昔、大理国の首都があった場所です。
「大理古城」と呼ばれるとおり、大理の街は当時の城内街です。
外敵の侵入を防ぐため、城壁の中に町ができています。
大理古城の中心にそびえたつ天守閣(?)です。
標高が高いからか、天気はころころ変わります。
この写真を撮ったときは、ちょうど雲が晴れて、きれいな空になりました。


この、分厚い城壁をくぐった中に街があります。
街は結構大きく、南門から北門まで歩くと大体30分ちょっとかかります。



これが目抜き通りの復興路です。オフシーズンなので少し人が少なめですが、それでも結構たくさんの中国人と欧米人がいました。


大理は中国でも有数の観光地で、外国人観光客が多いです。景観がきれいで、空気も澄んでいて、過ごしやすいので、いすわる外国人も多いようです。

写真は、「洋人街」沿いのカフェです。外国人旅行者や定住者の影響を受けて、アジアンテイストでおしゃれなカフェが非常にたくさんあります。

店内より店外の方が気持ちいいので、外にソファーがおいてあって、風や日にあたりながら、ご飯を食べたりコーヒー飲んだりできます。





これは、大理国の特産品です。
名前は忘れたのですが、色使いが鮮やかで、デザイン画のようなおしゃれなファブリックです。
大きさは、縦50センチ、横40センチぐらい。値段は1枚300円程度と激安です!

気に入ったので、右側の魚のやつを買って帰りました。


大理は、観光地化されているといわれていたので、もっとガッカリな場所をイメージしていたのですが、すごく洗練されていたのに驚きました。
また、時間を見つけて足を延ばしてみようと思います。

20090401

屁こき病にかかった!

こんな病気があるとは知りませんでした。

屁こき病にかかりました。

正式には「呑気症」というそうです。
症状は
・頭痛
・めまい
・呼吸困難
・腹痛
・胸やけ
・屁がめちゃめちゃでる

です。

原因はストレスだそうです。

http://www.medical-tribune.co.jp/kenkou/200407091.html


日本人の俊君にsosの電話を入れて、1日気分転換に付き合ってもらいました。
この俊君という人はかなりいい人で、言葉の拙い僕に、なにかと手を差し伸べてくれます。
面倒見がいいからか、人気者で、いろんな国の人とお友達です。

2年留学して、9月からは昆明大学で日本語の先生をするそうです。
最近は、タイ人の女の子と仲良くなりたいからと言って、タイ語を真面目に勉強し初めているようです(笑